Dr.伊藤の機械式時計徹底解剖!!
Vol.4 ~ゼンマイとヒゲゼンマイ、何が違うの?~

みなさま、こんばんは!

機械式時計について技術者視点で語る本コラム。第4回となる今回は、

『ゼンマイとヒゲゼンマイ、何が違うの?』

こちらをテーマにお話ししていきます。

店頭や電話など、お客様とお話していると「ゼンマイ」と「ヒゲゼンマイ」を混同してしまっている方が意外に多いのかな?と思うことがあります。

実はこちらの2つ、名前は似ていますが全くの別物。どちらも機械式時計において重要な役割を果たしておりますので、この機会にぜひ、両者の違いを覚えていただければと思います。

ゼンマイについて

ゼンマイとは?

*ゼンマイ(主ゼンマイ、Mainspring)

機械式時計の動力源となるもの、それがゼンマイです。「ヒゲゼンマイ」と区別するために「主ゼンマイ」と呼ばれることもありますね。

こちら、ちょっと不思議な”ト音記号”のような形状をしていますが、これはゼンマイが完全に巻き上がった時と、解けてきた時のトルク(回転力)の差がなるべく出ないように考えられた末の形状となっています。

*香箱に収められたゼンマイと香箱芯

ゼンマイは香箱(Barrel)と呼ばれる歯車の中に収納されており、リューズを手で巻く際や、腕の動作を利用して巻く際(自動巻きの時計)、運動エネルギーが自動巻機構、角穴車、香箱芯と伝わることにより巻き上がる仕組みとなっています。

*ゼンマイと香箱、香箱芯

香箱からゼンマイを完全に取り出した場合、ト音記号のような状態で10数センチ、まっすぐに伸ばすと全長は1メートル以上に及びます。

そして、巻き上げられたゼンマイの力は「輪列・脱進・調速」といった機械式時計特有の機構を通り、少しずつほどけながら時計の針を正確に動かし続けます。

ここまで読んでお分かりかと思いますが、「ゼンマイ」とは皆さんがイメージする、いわゆる「機械仕掛けのおもちゃを動かすゼンマイ」と同じ役割を持っています。人の手によって巻き上げられ、それがほどけることによって対象物を動かす、その力の源となっているパーツなのです。

ゼンマイの重要性

※ゼンマイ(左)とヒゲゼンマイを含むテンプ一式(中央下から2つ目)

機械式時計の駆動時間(パワーリザーブ)は主にゼンマイの長さで決まり、長いほどにその分時計の駆動時間も長くなります。そのため、各社ともに少しでもパワーリザーブを伸ばすために、香箱の内壁をできる限り薄くする等、長いゼンマイを搭載できるよう工夫しています。

また、香箱を2個搭載した「ツインバレル」と呼ばれるムーブメントも一時期積極的に開発されていましたね。これは、動力源となる「ゼンマイ」の収納場所を増やすことにより、駆動時間を長くすることが目的で、モデルによっては約8日間の驚異的なパワーリザーブを実現したモノもございます。

ヒゲゼンマイについて

ヒゲゼンマイとは?

*ヒゲゼンマイ(Hairspring)

ヒゲゼンマイとは、機械式時計の心臓部であるテンプを構成するパーツの一つであり、精度を決める重要な役割を持つ部品です。

名前の通り、ヒゲや髪の毛(英語ではHairなのに、日本語だとヒゲと呼ばれるのも面白いですね)ほどに細い金属が使用されており、渦巻状にキレイに成形されています。写真では少々分かりづらいですが、主ゼンマイに比べると遥かに小さなパーツで、直径は1センチに満たない場合がほとんどです。

*テンプに取り付けられたヒゲゼンマイ

上の写真は時計用語で「調速機」と呼ばれるテンプ一式です。

テンプを振り子に例えてみると、ヒゲゼンマイは”振り子のヒモ”にあたり、ヒゲゼンマイが伸縮を繰り返すことにより、時計は正確な時間を刻みます。ただし、腕時計は置時計のように常に一定の姿勢で置かれているわけではなく、横向きになったり裏返しになったりして、重力の変化にさらされます。さらには、非常に限られたスペースの中に、様々な部品を納めなくてはいけないという制約もあり、結果としてこのような繊細な形状のヒゲゼンマイが開発されていったのです。

また、一見ただの金属の糸に見えるヒゲゼンマイですが、実はヒゲゼンマイの製造は、時計製造技術の中でも最も難しいとされています。というのも、ヒゲゼンマイは精度を決める最重要な部品となるため、どの部品よりも精密に作らなければならず、「成型する工程・熱処理を施す工程・長さの調整」に至るまで、何一つ妥協することなく製造する必要があるのです。

ヒゲゼンマイの種類

※オメガ自社製Si14シリコンヒゲゼンマイ

以前は、スイス製機械式ムーブメントの大半は「ニヴァロックス・ファー社」というヒゲゼンマイ製造専門メーカーの部品が使用されていました。それがここ10数年の間に、各ブランドによる自社開発、自社生産のヒゲゼンマイが一気に増えてきたのです。

その中でも代表的な2種類のヒゲゼンマイを簡単に紹介したいと思います。

1.ブルーパラクロムヒゲゼンマイ

2005年に【ロレックス】が開発した「ブルーパラクロムヒゲゼンマイ」。

ブルーパラクロムヒゲゼンマイは「パラクロム」と呼ばれる独特の青みがかったヒゲゼンマイのことで、Nb(ニオブ)とHf(ハフニウム)との合金素材で構成されており、非常に美しい見た目であることが特徴です。

また、温度変化や衝撃にもめっぽう強く、ニヴァロックス製のヒゲゼンマイよりも優れた耐磁性も持ち合わせています。

2.シリコン製ヒゲゼンマイ

*【ロレックス】製シロキシ(Syloxi)ヒゲゼンマイ

現在、各社時計ブランドがヒゲゼンマイの開発において重要視している”シリコン”を使用した「シリコン製ヒゲゼンマイ」。

シリコンは「磁場の影響を受けない・金属より軽い・変形しにくい」というヒゲゼンマイに最も必要な特製を有しており、さらには腐食や衝撃にも対しても強い耐性を持っています。これを聞くと、時計にとって良いこと尽くめな素材に聞こえますが、技術者目線で見てみると「組み立て時の微調整が不要(素材の特性上できない)」という点もございます。

前述のニヴァロックス製ヒゲゼンマイやブルーパラクロムヒゲゼンマイ等は、技術者による取り付け状態の微調整が必要で、それは非常に繊細で時計の精度にも影響する、ある意味技術者の腕の見せ所でもありました。その調整が不要になったというのは、”進化した”と喜ばしいことではありますが、特別な技術なく組み立てられてしまうというのは、技術者にとっては少し寂しいところでもあります。

【ロレックス】は、現在ブルーパラクロムとシロキシ、2種類のヒゲゼンマイをムーブメント毎に使い分けていますが、それぞれの適性を踏まえて、今後も共存していくのではないかと私は考えています。

まとめ

ゼンマイとヒゲゼンマイ、名前が似ているために混乱してしまいがちですが、違いがお分かりいただけましたでしょうか?

それぞれ腕時計にとって重要な役割を果たしておりますので、ぜひその違いを理解していただき、機械式時計がどのようにして動いているかイメージしていただければ、より一層機械式時計を好きになっていただけるのではないかと思います。

本記事が皆さまにとって有益な情報となり、高級腕時計に対する興味が少しでも沸いたようであれば、幸いでございます!また、ご不明点は直接ご質問いただければお答えしますので、みなさま是非ご来店、お問い合わせをお待ちしております。

次回もお楽しみに!ではまた!

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